第3章  蓄熱に配慮した基礎づくり

なぜ蓄熱か、伝統の知恵にならう
「家のつくりようは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑き比わろき住まいは、耐え難き事なり」。鎌倉時代末期の 1,330 年ごろ、吉田兼好が徒然草に書いたわが国の気候と住まいづくりの考え方について表現した有名な一説。兼好法師が生きていた700年ほど前の民家は閉鎖的なつくりであったが、その後、500年もの歳月をかけ、民家は開放的な住まいに進化してきた。

伝統的な民家には農家タイプと町家タイプ(はじめに 図1民家の形式と用途参照)があり、夏の涼しさを蓄える工夫として「土間」と「通り庭」がある。

屋内に大地をとりこむことにより、地面の恒温性を利用して大きく熱を蓄える(熱容量)ことが可能になった。夏季、屋外や屋内の温度が高くなっても、この土間の表面温度は室温より数度以上低く( 22〜25℃程度 )安定しているため、そこからここちよい冷放射(冷輻射)をうけ涼しさを体感していた。そして、この熱容量のある蓄熱材は、冬、外気温が低下したときにも室温が急激に下がるのを防ぐ役割もはたしており、現代のような性能のよい断熱材のない時代、室内の温熱環境を安定させるための重要な働きをしていた。

 蔵造りは、屋根の下部構造と外壁部分は厚さ1尺(約30cm)ほどもある塗り壁(左官壁)でつくられており、この部分に熱を蓄える大きな熱容量があるため、年間をとおして蔵内部の温熱環境は安定している。
 現代の一般的な住宅において、伝統民家のように室温を安定させるため蓄熱(熱容量)に配慮した建築部位を積極的にとりこんだ設計事例はほとんど見かけない。
 そこで、蔵造りにおける大きな熱容量のある建物の知恵にならい、年間をとおして室内に安定した温熱環境を実現するため、終の住処づくりでは1階床下に水8トンとあわせ基礎コンクリート37立米を蓄熱部位に見立て、設計することにした。(*水の蓄熱性については別章で説明予定)

3 –1 蓄熱に配慮した基礎設計

 そもそも基礎は建物重量をささえ、大地にしっかり建物を固定し、地震の揺れや台風などの強風から家をまもるための重要な役割を担っている。終の住処づくりでは、通常の基礎機能に蓄熱部位としての役割も付加することにした。
 敷地の立地・気候特性からみて、緑豊かな環境は多湿であり、日中と夜間に発生する斜面風は大量の湿気を運ぶため、建物の腐朽対策からみて基礎は通常より高くしたほうがいい。そして床下に直径 200mmのチューブを設置し、その中に蓄熱用水を収納するため、この部分が容易に点検できるよう布基礎は地盤面より 1.4 m の高さにした。

 遠野は盆地特有の気候特性で、夏は温暖化の影響により日中の気温は30℃以上に上り、冬の1月末から2月初旬にかけ最低気温はマイナス15〜20℃まで下がる。このため建物の温熱環境設計には、夏の暑さとあわせて寒冷地対策という相反する条件への対応が必須だ。

 一般的な住宅において基礎部分は、室内の温熱環境とは切り離して設計するケースが普通である。しかし、「終の住処」は木構造で蓄熱できる部位は限られているため、コンクリート基礎と床下の蓄熱用水に蓄えられた熱エネルギーが屋外に逃げないよう外断熱設計とした。

  

3 –2 外断熱仕様の基礎づくりに着手 

 井戸掘削により生活用水が確保できたので、7月10日から基礎づくりに着手。
建物位置を決めた地縄張りにそって地盤面の高低差を確認するための基準を決める(水盛り遣り方)。この時、水平基準点高さの位置決定は慎重にしなくてはいけない。基準点の高さにより基礎工事で掘削移動する土の量が決まるからだ。土の移動は極力少なくしたい。
 

 建物重量をささえる布基礎部分を凍結深度(遠野は地盤面から60cm)以下に掘り、栗石を敷きランマーで転圧する。 
 その上に目つぶし砂利を敷きこみ、捨てコンクリート打設の準備をする。この時、地鎮祭を執り行っていただいた六神石神社の千葉宮司さんから渡された家のお守りを、大黒柱をささえる基礎部分に埋める。ここまで一週間をついやす。

 給排水、電力線などの設備配管も同時にすすめ、捨てコン打設後に基礎芯の墨出しをする。

そして基礎床部分に栗石を敷きこむ。

 7月20日の朝、トラック2台に満載した断熱材が搬入された。建物荷重がかかる布基礎以外には断熱材を敷きこみ、断熱材との間に隙間ができないよう接着テープを貼り固定する。

断熱材の上に厚さ 0.2mm の防湿シートを貼り接着テープで留めつける。

 この日も真夏日であり、断熱材や防湿シートからの照り返しが強く体力が消耗するきつい作業だ。脱水症や熱中症にならないよう塩飴と冷やした麦茶、スポーツドリンクを飲みつつ小刻みに日陰での休息に気をつける。ここ数日の遠野の猛暑は異常だ。地元の方もこれほどクソ暑い日が続くことは遠野でも今までにない、とのこと。

 翌朝、事前に加工した鉄筋を現場に運び込む。 

 布基礎の足元部分と基礎底盤の鉄筋組をはじめる。

 午後、猛暑の中、遠野で鉄筋組の達人という方にご指導をいただき、正確な作業につとめる。 

鉄筋がアスファルト道路面と同じように50〜60℃近くまで熱く焼け、
そこからの熱放射をあび大汗をかきながら夕方まで根気よく作業をつづける。

 翌日も猛暑がつづく。熱中症対策として定番のスポーツドリンクを用意していたが、いよいよハードな環境でも血液濃度を恒常的に保ってくれる OS-1 の出番かもしれない。ここの現場で作業をしているメンバーは 60〜70歳代であり、まさにデンデラノ世代だ。若い順にハヤさん63歳、ショーちゃん65歳、僕が68歳、ミノルさん71歳、シズオさん73歳、平均はなんと68歳、炎天下の肉体労働もヘイッチャラのたいした老人力だ! 合計で 340馬力もある!

 10時と3時の休憩タイムは、このところアイスキャンディーの評判がいい。ガリガリ君をかじりながら子供時代のイタズラの話や、上棟したらどこの湯治場で骨休みしたい、などなど話題がつきない。

 
 昼休み後、仕事をはじめてほどなくすると、連日の猛暑が続いたためか急に空が暗くなり、風が吹き、激しく夕立がふりはじめた。雷まで鳴りひびき、3秒先に落雷するほど天候が悪化し、一時間たっても豪雨はふりやまず、作業は中止。一拍おいて「今日の作業は終了!」、と叫んだとたん、アッという間に蜘蛛の子を散らすように皆帰ってしまい、工事現場には僕一人だけ残されてしまった。あらためて遠野老人力の凄みを見せつけられた(笑)。

 梅雨前線が活発で東北地方は梅雨末期の大雨、西日本では猛暑つづき。この日は1時間に50mmを超え、遠野でもめったにない豪雨だった。翌日も雨が降りつづいたため休養日とする。

 7月24日、今日から基礎工事専門業者の3名にサポートをお願いする。型枠の建て込み、打設時に型枠がズレないよう押え金物と鉄筋の溶接、コンクリート打設圧力に耐える鋼管パイプ設置などなど、コンクリートを確実に打設するにはプロの技が欠かせない。この仕事を依頼したメンバーは 30〜50歳代で、「終の住処」建設の平均年齢を一時的に大幅に下げることに貢献する。基礎外周は外断熱にするため 80mm厚の断熱材を型枠内にセット。

トピックス3-1:先住者たち
 地鎮祭の時に張った地縄(建物位置を示す縄/白いテープ)が、基礎工事がスタートするまでに何度も切断された。当初は誰がわざわざこんなイタズラをするのだろうか、といぶかったが、犯人は誰かすぐに見当がついた。昨年11月、リンゴ畑跡地の下段を整備した時、終の住処を建てようと検討している場所のど真ん中に東から西に横断するように小動物のけもの道が通っていた。多分その小動物の仕業に違いない。彼(彼女?)にとって日々通い慣れた道に、白いテープが通せんぼうのように張ってあるのは邪魔に違いない。
 工事開始を控えた6月下旬のある夕方、家が建つ周辺の草刈りを終え休んでいた時、東の方からタヌキがモソモソと近づき、僕をにらみつけながら白テープを噛み切りはじめた。「あのーちょっと悪いけど、ここに僕ん家を建てさせてもらいたいんで、北か南側を迂回してもらえないかなぁ?」と穏やかに話しかけた。すると僕にガンをつけながらテープを切断し、家の建つ真ん中にあるけもの道を悠然と移動し、西側の外壁位置の白テープも噛み切りはじめたではないか。「あのー、テープ切られると困るんだけどー」、とタヌキ君に近づくと、またもや睨みつけられてしまった。でも、ここで引き下がるわけにいかない。さらに1メートル近くまでソロソロと距離をちじめるとテープ切断作業をやめ、西側に僕との距離を開けつつ、2〜3メートルごとに立ち止まっては振り返り、ガンをつけてくる。
 その後、工事に入ってからタヌキ君は建築現場を迂回してくれたようで、とくに近隣トラブルもなく、すっかり彼の存在を忘れていた。半年後の冬季工事中に彼の姿をみつけ、雪面についた足跡をたどると、公道から敷地内に入ったところにある作小屋の床下に住んでいることを確認した。

 基礎工事をスタートして10日目の夕方、工事を終え軽トラで街に降りるとき、左側の斜面から突然シカの親子が道路に飛び出してきた! 反射的にブレーキを踏み右に急ハンドルを切る!フロントガラスの目の前を小鹿と母親がスッと左から右にぬけた途端、車体にガタンと衝撃があり車輪が空転した! 道路端のU字溝に前後輪とも落ち、運転不能になってしまった! ひとりではどうしようもない、車は明日工事現場にある重機をつかって引き上げよう… 。

 いつも通いなれたくだり坂は歩いてみると遠野盆地が眼下に広がり、収穫まじかのホップ畑(数日後の夕方、この畑でキツネとノウサギがこちらの様子をうかがっているのに出会う)や花の咲きはじめたタバコ畑が点在した素敵な風景だ。

 夕方の淡い光があまりにも綺麗だったので、写真をパチリパチリと散歩気分を味わった。1時間後街に降り、居酒屋で一杯ひっかけ、マーケットで夕食をイートインし、暗くなる前に仮住に戻る。

3−3 基礎底盤づくり

 25日は基礎底盤の生コン打ち込み準備とあわせて、コンクリートミキサー車と生コン圧送車が建築現場に横付けできるよう、造成した道路への砂利敷きと転圧作業もすすめる。
 26日朝一番に、10トンミキサー車と生コン圧送車が現場に到着。生コン打ちが始まると、休みなく区切りのいいところまで打設作業をし続けなくてはならない。

生コン打設時にはコンクリートの中に空隙ができないよう、バイブレーター(振動機)をかけながら慎重にすすめる。

 基礎底版づくり工程では生コン打設と同時に、生コンが乾かないうち左官で床面を仕上げる。昼前まで休みなく連続して生コン打ちを続け、基礎床面の金鏝仕上げをする。午前中で生コン車6台、21立米を打設する。作業終了後、高清水山の展望台にのぼると、いちめんの緑の中にポツンと白い点の建設現場が見えた。

3−4 布基礎づくり

 翌日、布基礎立ち上がり部分の鉄筋加工と外断熱80mm(50+30mm)の接着加工をする。その後、布基礎立ち上がり部分(高さ1800mm)の配筋と鉄筋結束(縦横200mmピッチ、2,177ヶ所)をしながら、布基礎を貫通する設備配管のためのスリーブ入れなどの作業もする。基礎工事プロの3人組は、デンデラノ組の配筋作業を追いかけるように型枠設置をすすめるので、おちおち休んでもいられないほどの忙しさだ。

 今年の夏は高温が続いたため夕立も多く、基礎内側には雨水が毎日10cm前後たまり、夕方はいつもその排水作業に追われる。

 この作業をすることにより、敷地の水はけのよさを確認できた。

 布基礎立ち上がり部分の生コン打設は、型枠に圧力がかかり基礎が変形しないよう鋼管パイプの補強が重要だ。布基礎は地盤面より1.4mも高さがあるため、生コン打設用に足場を組む。

 QMCHは人手不足気味であり、建築作業の合間をぬいながら有機農業の手伝いや馬たちの飼料に草刈りなどもこなす。まさに農民工である。

7月31日、生コン打ち込みレベルの墨出し後、いよいよ生コン打設がはじまる。16立米、ミキサー車4台分を打ち込むまで休憩なしの作業がつづく。打ち込み後、基礎天端の水平を正確に出すため、レベル調整モルタルを注意深く流し込む。


8月3日、養生期間をとり布基礎の型枠を解体する。外側に貼った断熱材を傷めないよう細心の注意をはらいながら型枠をはずす。今回の作業は型枠を組んだ先日のプロメンバーではなく、遠野の親方とカンボジアからの出稼ぎ4名が来てくれた。

 型枠を取りはずした後、断熱材の合わせ目の隙間やホームタイの穴は発泡ウレタンフォームで補修し、断熱欠損部分をなくす。

 布基礎外側に取りつけた断熱材は紫外線で劣化しやすいため、型枠を外した直後にネットを貼りモルタル刷毛引き仕上げをする。 

 打ち上がった基礎の上に立ち、目の前に広がる遠野盆地をながめる。家が完成すると視点はさらに165mm あがり、落葉した冬の眺めが楽しみだ。

 打ち上がった基礎の養生期間と、長さ3.6間( 6.7m)の特注梁の製作に時間がかかっており、上棟式はお盆休み直前の 8月12日大安吉日に決定する。

【トピックス3-2:早池峰食堂の辛みそラーメンにチャレンジ!:Photo T.Imai】

”はやちね”と読むそうです。調べてみたところ、遠野で一番大きなお寺である福泉寺(ふくせんじ)の住職さんが料理をされているとの情報がありました。レトロな雰囲気の食堂で、ラーメンが人気のようです。 by管理人

第2章 造成と井戸掘削

第4章 木構造の組み立てと上棟式→